唯物論者のぽん太郎さんからです。

唯物論について論ずることはそのまま死生観について論ずることになりますので、続けております。
今回もたくさんのコメントを頂きました。

ぽん太郎さんの熱心なコメントにより、この議論も大分深まってきました!
勝手ながら、今回を《第一ステージ》の総まとめ、とし、
次回から《第二ステージ》に突入!としたいと思います。
それで、今回は《第一ステージ》の総まとめだけあって、少し長いです。

(※緑色の部分が、ぽん太郎さんのコメントです)

唯物論者ぽん太郎さんからのコメント(1)

。。。。。。。。

身体を動かしているのは物理法則です。
この世界の全ての現象は物質が物理法則にしたがって運動した結果として生まれます。
自由意志は存在しません。
我々の意思は全て脳の純物質的仕組みから生まれます。
我々は我々の意思によって身体を動かすことができますが、その全ては純物理的現象です。
何故なら、我々の意思自体が純物理的現象だからです。

。。。。。。。。

前にも尋ねようと思ったのですが、

どうして自由意志のない(という設定の)私に対して
唯物論に目覚めさせようと説得されているのでしょうか?

もし、自由意志がないなら、私の意志によって、唯物論が正しい
と決定できないはずですが?

ぽん太郎さんは一貫して
「物理法則に反しなければそれは唯物論だ」
という主張に感じられるのですが、

「自由意志はある。
それは純物理的現象に反しない」

ということもありえるのではないですか?


唯物論者ぽん太郎さんからのコメント(2)


。。。。。。。

>あと、脳を動かしているものは何でしょうか?
>脳に命令するような「何か」はありますか?

脳を動かしているのは物理法則です。
脳(の物質構造)の外に脳に命令するものは何もありません。

。。。。。。。。

脳が脳に命令するのでしょうか?

出発点はどこにあるのですか?

無限退行になると思いますが問題ありませんか?

唯物論者ぽん太郎さんからのコメント(3)

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

>(条件つきとはいいながら)「夢・幻」を物質、実在
>と呼ぶ可能性があるとは驚きです。

(以下、ディズニー映画「トロン」をイメージしています)
コンピュータの中に作られた電脳世界を考えます。
その電脳世界の中には様々な建物や様々な自然物(木や花等)が存在し、多数の人間が生活しています。
その電脳世界の外にいる我々から見れば、それらは単なる2進データの集まりに過ぎません。
勿論、実在などではありません。
しかし、その電脳世界の住人にとってはその世界は実在そのものです。
実在とは、正に、そのようなものです。

さて、我々のこの世界も、実は、超世界の超コンピュータの中に作られた電脳世界であるのかもしれない

のです。
(絶対にそうでない、とは誰も証明できません)
超世界の超人間から見れば、我々のこの世界は単なる2進データの集まりに過ぎません。
しかし、喩えそうであっても、我々にとってこの世界が実在であることには何の変わりもありません。
実在とは、正に、そのようなものです。

結局のところ、この世界の究極の姿(ミクロ世界の姿)が何であろうとも、
我々にとってこの世界は実在だということです。
そして、この世界を構成する根源的素材を(それが何であろうと)物質と呼ぶのです。

。。。。。。。。

なるほど、電脳世界のたとえは分かりました。

ちなみに、ぽん太郎さんの例えをちょっと変更して

私自身は、実は全く別次元にあって、この世界はすべて
別世界にいる私が生み出した、夢のような世界であり、
今、私が私と思っている頭の先から足のつま先までも、
実は、夢として生み出されたものの一つにすぎない、
というのもOKですか?

「夢の世界の住人(私と思っている私も含めて)にとってはその世界は実在
(絶対にそうでない、とは誰も証明できません)」

というのも、ありでしょうか?

唯物論者ぽん太郎さんからのコメント(4)


(精神としての)「私」は対象認識の認識対象ではありません。
(精神としての)「私」は自己認識の認識対象です。

とのことですが同時に

唯物論でも心は存在しますし、精神としての「私」も存在します。
唯物論でも「私」が抜けることはありません。

とも言われていますよね。
ということは

「存在」はするけれども、対象認識の対象外となっている「私」

であり、
何かすり替えのように感じてしまいます。

存在論を語るとき、あらゆる存在の中で、「私」という存在を
大事にするのが普通(ハイデッガーなどはそうですね)と
思いますがいかがなものでしょうか?

「存在とは何か?特に私(人間)とは何か?」

を論じるときに、最初から「(精神としての)私を認識対象外」にした
唯物論は、存在を語る資格がなかったりしませんか?

なにか、おかしな感じがします。

ここで今一度、整理してみましょう。


。。。。。。

【唯物論者、ぽん太郎さんの「唯物論が真実である証明」】

A■存在論には

1:実在論(客観的実在論)
2:観念論(唯心論も含む)
3:その他の論

がある。

B■存在論には

実在論で答えるべき。
観念論で答えるのは誤り。

C■なぜ観念論で答えるのは誤りか。

実在論は、客観的事実を見ることが出来るが
観念論は、客観的事実を見ることが出来ないから。
(自分の心で自分の内なる心は見れないから)
(専門用語で内観の本質的限界性という)

D■実在論に属する論には、

1:唯物論
2:(物心)二元論
3:物心一元論
4:その他

がある。

E■話を単純にする為、唯物論と二元論のみを取り上げる。

1:唯物論・・物質の実在を認めるが、霊魂の実在は認めない
2:二元論・・物質の実在も認めるし、霊魂の実在も認める。

物質でない霊魂が、物質に働きかけることは、物理法則上
なりたたない。
(逆もまた真なり)

ゆえに二元論は間違い。

残ったのは唯物論。

以上で「唯物論の真実性」が示された。(論証終わり)

。。。。。。。

 

これは、ぽん太郎さんから「よくまとまっている」とお褒めの言葉まで頂いているものですから、異論はないはずですよね。

今まで何度もやりとりをして分かったことは、

Cにあるように

観念論は、客観的事実を見ることが出来ない。
(自分の心で自分の内なる心は見れないから)

ということ。

そして

実在論は、客観的事実は《完全には見れないが》日常レベルでは
見ることが出来る。

実在論における対象認識において、
(精神としての)「私」は認識対象ではない。

ということでした。

そうすると、観念論も、実在論も、ともに(精神としての)「私」は
分からない、実在論においては、(精神としての)「私」の存在は認めるものの、客観的には見ていない。
ということですか?

大事なところなので、ここのところを整理してもらえないでしょうか?

ちなみに、実在論が、日常レベルでは客観的にものごとを見れる。
誰がみても、ほぼ同じように、リンゴをリンゴと見れる、
とぽん太郎さんは、説明していますが、

リンゴを見るように、「人間の存在とはなにか」「私とは何か」
を客観的に複数の人が、同じようには見れないですよね。

少なくとも、ぽん太郎さんが人間を精密機械と見ているのと、
私が「断じて機械とは見ない」といっているのでは全く違います。

もちろん、リンゴの話はたとえでしょうから、短絡的に今の結論
にはならないのでしょうが、今、私が論じたレベルで今一度、
《日常レベルで「人間というもの」を客観的事実として捉えられる》
という意味を教えていただけないでしょうか?

また、日常レベルで「人」を見るとき、私が他人を客観的にみて
「ああ、人とはこういうものだな」と思うのと、
私が私自身の心を見つめて
「ああ、人の心とはこういうものだな」
と思うのと、どっちがより「人」というものを深く理解出来るでしょうね。

唯物論者ぽん太郎さんからのコメント(5)

>自分の「死」を抜きにいくら「他人の死」を研究しても、「死」の問題の
>本質は分からないでしょう。

という私の主張に対して


「死」の問題は単純です。死ねば単に無になるだけです。
議論に値するような問題は何もありません。

とぽん太郎さんはコメントしました。

「死」は論ずるにあたらないと断言されるわけですね。
このことについては、またお話しましょう。

唯物論者ぽん太郎さんからのコメント(6)

>「人の命は尊厳である」
>「生命は尊い」
>「人命は、地球よりも尊い(重い)」

>これなら、まったく変な言葉ではありませんよね。
>この言葉を唯物論的に(ほぼ)置き換えただけの言葉がさっきの

>「機械は尊厳である」
>「電気信号は尊い」
>「人間という精密機械は、地球よりも尊い」

>という言葉ですが、とたんに違和感を覚えるようになります。

という私の意見については

間違った置き換えです。
唯物論を誤解した置き換え方です。

とのコメントを頂きましたが、
では、正しい置き換えをお願いできないでしょうか?

最後に基本的な確認です。


「唯物論」は、唯「物だけ」がある。

世界の本質は「物」である。

「物」とは「物質」である。

ということですね。

ちなみに

「非物質」と呼ばれるものには、

心(精神、意識)、情報、エネルギー、空間、時間、働き

などがあり、これらは「物質」ではないが「存在」はする。
ということでよかったでしょうか?

あと、今後の議論のことも考えて、以下、教えていただけないでしょうか?

■以下の論を

知っている○ 知らない×  認める□ 認めない■

例:△△理論・・・○ ■ (知っているが、認めない場合)

1:ボーアの相補性

2:超ひも理論

3:シュレーディンガーの説(例えば「精神と物質」という本の内容)

4:「物」より「コト」の方が優位に立つ
(「物」と「コト」について学ばれたいならば、竹内薫著
『物質をめぐる冒険~万有引力からホーキングまで』が
分かりやすいと思います)

5:「場」

6:量子宇宙論

7:唯心論物理学

8:全体性と内蔵秩序

9:唯識

10:ビッグバン仮説

11:サイクリック宇宙論

ぽん太郎さんからの問いにすべてには答えてなくて申し訳ないのですが、
ここまででも相当長くなってしまったので、特に大事で急ぐ問い
でなければ、保留とさせてもらいたいと思います。
問題あれば遠慮なく教えてください。

なお、追加でコメントしていただいたホログラフィック宇宙論については
非常に面白い(すばらしい)内容でしたので、時間をとって次回以降に
書きたいと思います。

では、よろしくお願いします。

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