唯物論者ぽん太郎さんからの質問に対して数回にわたってお答えしています。
※ちなみに私は、アンチ唯物論派として、唯物論はおかしいし、
生命の尊さを軽んじさせる怖い思想で、死生観が間違っていると提唱しています。
ぽん太郎さんからの返答です。

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完全な真実は存在しないので、我々が求めることが可能であるのは
最良の真実のみです。

「最良の真実」は「真実」と略しても問題ありませんし、そう略します。
(「完全な真実」は存在しないので「真実」と言えばそれは「最良の真実」に決まっているからです。)

世界の記述法のうちで、自然科学は最も高いレベルの真実性を持っています。
(異論はあるでしょうが、少なくとも私はそう思っています)

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科学の進歩はめざましく「よくここまで分かったな」という点がたくさん
あることは認めます。
でも、それは、今の人間のレベルで驚嘆すべきことであり、
現実はまだ、この世界のことはほとんど何も分かっていないのでは
ないですか?

いつでもどこでも、かわらぬ真理というものは(完全な認識はできないとしても)あって、
その解明に、一生懸命近づこうとしているのが科学の姿ではありませんか?

現時点での科学(研究途中のものも含めて)=真実

なんて言っていいのでしょうか?

そのレベルで「真実」と断定してしまうのならば、
それは通常の「真理」という意味ではなく

科学絶対崇拝者 の立場として語る「真実」

ということでしょうか?

 

(ちょっと強めないい方ですので、そこまでひどい考え方ではないと
反論されるかもしれませんが、つきつめると上記のようなことになりはしませんか?)

科学で分かっていることは、あくまで「現状報告」にすぎないのではないのですか?

特に今、私たちが論じているのは、「存在論」という一番広いといって
いい分野のことですよね。

その「存在」(もっといえば「実在」)を現状報告の立場で、「これが真実だ」と
断定するのは、危険だと思うのですが。。。。

ちなみに現時点の科学によって人類が見知ることが出来る「物質」は宇宙の何パーセントくらいかご存知ですか?

※いずれそれも科学で分かるだろう、という話ではありません。
私は「今」ぽん太郎さんと議論をしているのですから。