今日は灰谷健次郎さん「太陽の子」からの引用です☆

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わたしをかわいがってくれる人を、わたしがよく知らないと

したら、わたしはただ、人に甘えているだけの人間に

なります。

わたしをかわいがってくれる分だけ、つらいめにあってきた

のだということが、このごろのわたしには、なんとなく

わかるのです。

だから、わたしはいっそう、みんなのことを知りたいのです。

知らなくてはならないことを、知らないで過ごしてしまう

ような勇気のない人間に、わたしはなりたくありません。

そんなひきょうな人間になりたくありません。

キヨシ少年がぽつんといった。

涙が品切れになったら幸福になる、そんなんやったらええのにな

「ほんまや」と、ふうちゃんもあいづちを打った。

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「知らなくてはならないこと」

それは、楽しいことより、悲しいことの方が多いかもしれません。

嬉しいことより、辛いことの方が多いかもしれません。

見たいことより、見たくないことの方が多いかもしれません。

それは、一個人のこともあれば、人生そのものについてのことも

あるでしょう。

たとえば、人間の欲望(煩悩)

老病死の問題。

人間の汚さ、醜さ、恐怖、不条理さ。。。

しかし、それが現実であり、目をそらすのは、

(ふうちゃんの言葉を借りれば)勇気のない人間であり、

ひきょうな人間なのでしょう。

仏教には『正見』という言葉があります。

ありのままに見る、ことですが、正見に対する言葉が『邪見』です。

よこしまに見る、ということ。

特に自分自身については自惚れ心から、なかなかまっすぐに見ることが

出来ないようです。